Matsui Lab.

これは,主に卒研の配属先を検討されている人への参考として準備した資料です.

 

マルチエージェントシステム

 

マルチエージェントシステムは,ある系を構成する複数の要素の相互作用を扱う研究分野を指すときに用いられる言葉です.系の構成要素は,たとえば,自律的なロボット,計算機上のソフトウエアや,人間またはその代理となる機器などです.

扱う課題も様々です.系を望ましい状態にするための方法や,系の振る舞いを明らかにすること,それらの基盤や応用に取り組む研究が行われています.

 

当研究室では,主にマルチエージェントシステム,協調問題解決,分散最適化に関連する課題を中心に研究しています.

 

協調問題解決,分散最適化

 

系を構成する要素が協調して,そこにある問題を解決することは,マルチエージェントシステムの重要な課題の一つです.

特に,分散アルゴリズムにより最適化する方法は,簡単な考え方にもとづくものでも挑戦的であり,学術的な興味や応用への期待があります.

 

想定される分散システム

 

たとえば,動機付けとなる分散システムには次のようなものが挙げられます.

 

分散センサ網

 

 広範囲の観測を行う防災や防犯のための観測システムは多数のセンサから構成されます.このようなセンサが自律的に協調して観測することで,集中型の制御の負荷を軽減しつつ観測される情報の品質を向上できます.自律的な制御は災害などへの対策としても期待できます.

 センサや通信資源,電力消費の割り当てが最適化される対象となります.また,時刻と共に変化する動的な状況への対応が必要になります.ドローンなど移動センサでは実時間性が重要です.対象物が逃避的に行動する場合は,観測の機会を得るための戦略が必要です.このために環境の学習が導入されます.

 

電力スマートグリッド

 

 太陽光発電やプラグインハイブリッド車を含む分散電源の環境で電力資源を適切に授受するスマートグリッドでは,需要と供給のバランスを維持しつつ消費の削減や売買電を調整する必要があります.各需要家/消費者やある規模の世帯のグループを単位とする分散協調的な制御により,各世帯の家電を含む大規模な系を最適化することが期待されます.

 特有の制約条件を持つ連続変量の系に適した最適化手法が必要です.自然エネルギーの変化や周期的な活動に対応するための学習が導入されます.同等の利用者へのエネルギーの配分では公平性などの考慮も必要です.

 

コラボレーション支援

 

 ミーティングのスケジュール調整では,個人のプライバシを少なからず漏洩することになります.このような情報の漏洩を削減しつつ調整を行う代理人としてのエージェントが協調することで,多数の利用者のプライバシ保護と合意の両立を自動化できます.ミーティングに限らず利用者の利害を把握し,コラボレーションを支援するエージェントが介在するサービスが考えられます.

 利用者の利害や合意の指標を表現し最適化する方法も必要になります.

 

災害応答

 

 被災下で集中的な指揮に必要な社会基盤が制限されている場面では,救援チームを自律・分散的に配置する必要があります.時刻とともに変化する状況に対応するために実時間性も重要です.また,被災状況が予測できなければ最悪の状況を予測した上での最適化も必要です.

 被災することを前提として捉えれば,被災下でも一定の仕事やサービスの提供が可能なように,あらかじめ人員や設備を配置することも重要になります.そこに利害関係が含まれる場合は,参加者間の調整をする方法が必要になります.

 

これらは,資源の割り当てや,意思決定を非集中的に解決,調整するという見方で捉えられます.

 

定式化

 

上記の動機付けとなる例は,本質的にある種の(組み合わせ)最適化問題を含みます.非集中的な問題の解決はそれ自体が複雑であるため,本質部分である最適化問題の表現とその解法を明らかにし,それを応用につなげてゆく方法が検討されています.

本来は集中型の制約最適化問題をマルチエージェントシステム上に分散して配置した,分散制約最適化問題などの基礎的な枠組が検討されています.

 

基礎的な分散制約最適化問題は,ごく簡単に次のように表されます.これは元々は人工知能,最適化分野で広く研究されてきた制約充足問題,およびその拡張である制約最適化問題をマルチエージェントシステム上の問題に適用するものです.

 

問題は変数と関数により記述される.

エージェントの状態は変数により表される.

エージェント間の関係は関数により記述される.

全ての関数値を結合した値を最適化することが目的である.

 

各エージェントは自身の変数値のみを決定できる.

エージェントは互いに通信して問題を解くことができる.

 

 

 

さらに問題を拡張して,より実際的な問題に適用します.このときに,場当たり的ではなく,基礎的な問題と解法の理解の下で拡張してゆくアプローチを重視しています.

 

解法

 

基本的な解法は何らかの集中処理型の最適化手法を,分散協調型のアルゴリズムに拡張したものです.

 

 

 ごく簡単な方法では,各エージェントは自身の変数と関数で直接関係するエージェントと変数値を交換して,近傍の変数値を得ます.そして,自身が関係する関数値の合計が改善するように,自身の変数値を改善します.

 これでは局所的な解に陥るため,乱数を導入したり,周辺のエージェントと調整して,解の改善を試みる方法があります.

 

 他の代表的な方法では,問題に対応する木構造を構築し,その下で系全体のエージェントが協調的に動作します.

このような構造はエージェントの統制をとるために本質的に不可欠です.また,木構造に基づいて問題を分解することにより,各エージェントが解決すべき問題の規模を削減します.

 このような方法は最適な解を得ますが,問題によっては計算や通信の反復回数や記憶の使用量が許容できないため,問題を近似して簡単にする方法があります.

 

この他に,元の問題に対応するある種の双対問題と呼ばれる表現を用いて,半ば間接的に解を求める方法などが提案されています.

 

発展的な内容

 

上記のような基礎的な問題にも相応の検討事項がありますが,実際にはさらに拡張が必要です.

たとえば次のような方向が挙げられます.

 

実際的な問題

応用的な分散協調型のシステムにおける問題の表現とその解法の拡張が必要です. 冒頭に動機付けとして挙げたような具体的なシステムをどの様に記述して最適化できるかが検討されています.

・基礎的な問題の表現を個々のシステム特有の変量,制約条件,目的関数に対応付け,解法を拡張・適用します.

実装も重要な目標です.

 

 

解法の効率化,近似

大規模かつ複雑な問題に対応するために効率的な解法が必要です.

本質的に難しい問題のためには近似が必要です.

 

動的な環境,非決定論的な環境

実際の系は,時刻と共に状態が変化するものであり,動的に変化する問題をどのように扱うべきかが課題となります.

これまでの最適化の結果を利用することで,処理の効率化や解品質の向上を目指します.このために学習が導入されることもあります.

系の変化があっても,それほど品質が劣化しない解や,改めて速やかに最適化することができる解を得ることも一つの方法です.

関数の値が決定論的に定まらない場合には,確率・統計的に良好な結果を得る解を求める必要があります.

 

より高度な最適化の指標

基本的な問題では,系全体が協調して関数の合計を最適化しますが,これでは扱えないものもあります.

信頼できない,あるいは敵対的に振舞う要素があれば,最悪の場合でも程よい結果が得られることが望まれます.これはある種のゲームの最適化です.

複数の目的があるときは,それらのトレードオフを考慮して同時に最適化するための指標や方法が必要です.

特に,利用者やその代理のエージェント間の調整では,全体の利益と公平性のバランスを表す指標に基づく最適化が必要です.

 

 

実装・評価方法の整備

応用では実装は不可欠です.また,解法の評価ではシミュレーションを行いますが,その実装と評価は煩雑です.それらの作業を削減することも重要です.

既にいくつかのフレームワークによる部品化が試みられていますが,変更箇所が解法のロジックに噛む場合は,既存のものの利用はなかなか難しいです.記述言語も含めた検討が必要でしょう.

・複雑な問題を解くアルゴリズムが非同期的であれば,その解法の正しさを検証することは煩雑です.このような検証のための方法も重要です.

 

拡張される問題のクラスの把握と解法の開発,あらたな解法の開発や応用システムの実装のための基盤の整備が課題となります.

 

関連する課題

 

上記では協調問題解決,分散最適化について述べました.しかし,最適化の方法は様々であり,直接的な議論に限るものではありません.

たとえば,動的な環境,非決定論的な環境の最適化は,マルチエージェントシステム上の学習と関連します.

また,公平性や不満を改善するような最適化の指標は,参加者にとっての合理的な制度を設計する研究と関係します.

実際の分散システムへの応用と実装も課題です.

 

これらも含めて,関連する新たな課題への取り組みも期待されます.

 

研究分野

 

マルチエージェントシステムや協調問題解決は人工知能の研究分野とされることが多いと思います.また,情報学などに分類されることもあります.制御工学の分野からのアプローチや経済学との関連など学際的な動向もあります.

 

人工知能関連分野では,つぎのような会議や論文誌で,研究成果が発表されています.

 

国際会議

International Conference on Autonomous Agents and Multiagent Systems (AAMAS)

International Joint Conference on Artificial Intelligence (IJCAI)

AAAI Conference on Artificial Intelligence

Principles and Practice of Multi-Agent Systems (PRIMA)

International Conference on Agents and Artificial Intelligence (ICAART)

International Conference on Agents (ICA)

 

国内会議

JAWS 合同エージェントワークショップ&シンポジウム

・人工知能学会全国大会

FIT 情報科学技術フォーラム

 

論文誌

Artificial Intelligence

Autonomous Agents and Multi-Agent Systems

Journal of Artificial Intelligence Research

人工知能学会論文誌

情報処理学会論文誌

電子情報通信学会論文誌

・コンピュータ ソフトウェア (日本ソフトウェア科学会誌)

 

当研究室について

 

学生と教員1名のこじんまりとした研究室です.

毎週,数回程度のゼミを行います.内容は,それぞれの研究に関するミーティングと,時期に応じた内容の課題や輪講です.

 

Q and A

 

Q. 専門分野の知識は必要か?

A. 研究に必要なことはこれから勉強します.学部ではどの系かということはそれほど影響ありません.

 

Q. プログラミングのスキルは必要か?

A. ある程度は必要です.シミュレーションにより評価をすることがありますので,その実装ができることは求められます.

 

質問があれば松井まで問い合わせてください.

 

一緒に研究に取り組みましょう.

Matsui Lab.